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アフリカで大の字

フェアトレードはちみつの日本でのパイオニア 零細企業のおやじのつぶやきです

クリスチャンは日本文化を捨てる必要はないのでは!?

キリスト教 コラム

こんにちは、水野です。

江戸初期には日本にはクリスチャンが10%近く存在していたと言われています。1549年フランシスコザビエルが宣教をはじめてわずか数十年で日本にキリスト教が広まりました。

なぜ多くの日本人はキリスト教を受け入れたのでしょうか?京都や滋賀にはセミナリオという神学校が開設して多くの神父候補達が学んでいたそうです。(下級武士が中心だったといわれています)そして、1582年には4人の少年達は日本は宣教が成功した地域ということでローマに行き教皇に謁見したそうです。(天正遣欧少年使節団) わずか33年で日本では多くのクリスチャンを獲得(人口比の約8%といわれる)したということになります。

もちろん神父達が当時最先端な知識を持ちそれをきっかけにしてキリスト教を伝道した事もあるでしょう。しかし、一番の大きなポイントは伝道した宣教師たちは、「日本文化を尊重した」ことが大きいのではないでしょうか?そして、神父などの指導者が少なかったにも関わらず沢山の信徒が育成できたのは信徒育成システムが確立できたからではないかと思います。でなかったら、250年にわたる弾圧のときも隠れて信仰を持ち続けたことはそのことを裏付ける事になると思います。

明治にプロテスタントが日本に入ってきましたが、この宣教はどちらかというと西洋文化とキリスト教が合体して入って来たように思います。聖書的ということは実は西洋的なものであるのではないかと考えさせられることがあります。

もちろん偶像的なものは違うと思いますが、日本文化とキリスト教はうまくインテグレトできないものかといつも考え、祈っています。