こんにちは、水野です。
クリスチャンにとってデボーションは日々大切なもので、その手の本を結構見る事ができます。でも、ネットの時代にデボーションの情報が無料で選べる時代になりその中でデイリープレットというものをブログやfacebookから見る事ができます。
8月19日の内容は「比べずにいられない」というテーマでした。私達人間は優越感や劣等感を持ちやすく、人と比べる事で安心したら、心配になったりする傾向はあると思います。私もその傾向が強いなあと思います。
その中である教会を思い出しました。それは、沢山奉仕したり、沢山献金する人を持ち上げて、「みなさん、この兄弟、姉妹のようにたくさん献金しましょうね。たくさん奉仕しましょうね。そうすれば祝福がきますからね」と、そして、長老だの執事などの役職を強調してそのように奉仕をすればこのようなすばらしい役職を与えますよと
そして、救われたばかりの熱心なクリスチャンの中には優越感をくすぐるためにそのような役職を目指す為に教会に奉仕やたくさんの献金をさせようとするシステム。
私は10代のときに救われた。自分は無価値な人間だと思っていたが、最初に通っていたアメリカ空軍基地の軍人さんが多い教会で私に自信を与えてくれたように思える。
次の地元の教会に通っていたときもアメリカ留学帰りの日本人牧師であったが、私の人柄を理解して奉仕をさせていただいたときも自分自身に自信と「自分にとって神様はどのように用いられるのか」ということを考えさせて頂いたと思っている。
教会とは色々な側面があると思うが、そのひとつとして自分の働きは何か?ということを理解してそれを社会に適応するトレーニングの場所ではないかと思う。
それから何十年かたって日本のいくつかの教会はただ奉仕をして、教会が大きくなって、その牧師が崇めることが重要視していく傾向があるように思えてならない。
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